江戸城(皇居)
江戸城は、中世、太田道灌が築城したのが始まりで、近世に入ると徳川家康・秀忠・家光の三代にわたる天下普請により総構え230万平方キロメートルの広大な城郭となります。明治維新後に東京奠都の詔により宮城となり、戦後は皇居東御苑ほかが一般に開放されました。国の特別史跡にも指定されています。
旅行先について
地図
旅行先の概要
所在地 | 東京都千代田区千代田1-1 |
---|---|
交通 |
【大手門まで】 地下鉄「大手町駅」から徒歩約5分 JR「東京駅」から徒歩約15分 【北桔梗門まで】 地下鉄東西線「竹橋駅」から徒歩約5分 首都高速道路(都心環状線)「代官町出入口」から北の丸駐車場まで約1分、駐車場から徒歩約5分 |
入場料 | 無料 |
駐車場 | なし。科学技術館わきの北の丸駐車場【有料。整理清掃協力費として普通車1時間まで400円、以後1時間ごと400円、当日最大料金2,000円】を利用。この場合「北桔橋門」から皇居東御苑に入園。 |
URL | 宮内庁>皇居東御苑 |
連絡先 | 宮内庁皇居東御苑管理事務所 03-3213-1111(代表) |
歴史・由来
江戸城の成り立ちは、平安時代末期に武蔵国の名族・秩父重綱の四男であった重継が、武蔵国江戸郷を相続して江戸氏を称し、はじめてこの地に居館を構えたといいますが、一般には、扇谷上杉氏の家臣・太田道灌が長禄元年(1457)に築城したのが始まりとされ、今も「道灌堀」の名が残っています。
「山吹の里」の伝説で知られる太田道灌は、城内に「静勝軒」という居宅を置き様々な文化人を呼び寄せており、道灌に招かれ東遊した禅僧・万里集九が著した『梅花無尽蔵』を見ると、城内から筑波山や富士山が眺望でき、足下には隅田川が流れ、菅原道真を祀る祠堂(「丞相祠堂」)もあって、周囲に柳や松の木が数百株植えられているという、風光明媚な場所ではあったようです。
その後、太田道灌は主君の上杉定正に暗殺され、江戸城も上杉氏の、次いで上杉氏を破った後北条氏のものとなりますが、豊臣秀吉の小田原征伐を受けて開城し、天正18年(1590)8月1日には徳川家康が入城します。
徳川家康の江戸入府以降は、築城の名手であった藤堂高虎が縄張りを担当し、秀忠、家光の徳川三代にわたる天下普請によって、堀の開削や前海の埋め立てを含めた大規模な改修・拡張が行われ、寛永13年(1636)、外郭が螺旋形にのび、総構えの面積は約230万平方キロメートル、周囲約14キロメートルという、日本一の規模を持つ城郭が完成します。
享保12年(1727)に兵学者・大道寺重祐が著した『落穂集』では、江戸は風水的に優れているとされる「四神相応の地」であり、同時に河川・海上の輸送に便利で人々が集まる「繁昌の勝地」であるとしています。
天守については、家康、秀忠、家光の治世に、それぞれ慶長度天守、元和度天守、寛永度天守が築造されていますが、最後の寛永度天守は5層構造で高さは約45メートル、土台にあたる天守台は14メートルで、合わせて59メートルにも及ぶ壮大なものだったといいます。
しかしながら、「振袖火事」とも呼ばれる明暦3年(1657)正月に発生した江戸最大の大火「明暦の大火」によって江戸城天守は焼失してしまい、将軍の補佐役であった保科正之の「軍用に益なく、唯観望に備ふるのみ」という進言によって江戸の町の災害復興が優先され、その後天守が再建されることはなく、現在は本丸に巨大な天守台を残すのみとなっています。
また、大火後に天守の代用とされた「富士見櫓」や「桜田巽櫓」、「伏見櫓」の3つの櫓のほか、鉄砲百人組と呼ばれる伊賀組・甲賀組・根来組・廿五騎組の同心100人が常時詰めていたという「百人番所」などの建物は、一部復元はありますが、現在も旧江戸城内に残っています。
慶応4年(1868)、第15代将軍・徳川慶喜の大政奉還を受けて江戸城は無血開城しますが、これにより江戸城は「東京城」(とうけいじょう)と改称され、翌年には東京奠都の詔により「皇城」と、明治22年(1889)の明治宮殿の完成以降は「宮城」(きゅうじょう)と呼ばれるようになります。
戦後は「皇居」と呼称され、北の丸公園や皇居前広場が「皇居外苑」として開放されたほか、旧江戸城の中心部にあたる本丸、二ノ丸、三ノ丸の跡も「皇居東御苑」として一般の入場が認められるエリアとなり、明暦の大火後に火除地となった旧吹上庭園は御所の、旧西の丸は宮殿の敷地となっています。
また、「江戸城跡」として国の特別史跡に指定されているほか、現存する桜田門、田安門、清水門の3つの門は国の重要文化財に指定されています。
車椅子で旅行するポイント
周辺の名所・観光スポット
三の丸尚蔵館
皇居東御苑内にあり、皇室に代々受け継がれた絵画・書・工芸品などの貴重な美術品類約9,500点を所蔵する。小野東風ほか三跡の真筆、「北野天神縁起絵巻」をはじめとする絵巻物、高村光雲らの近代彫刻などを展示している。
【入口右手にスロープあり。身障者用トイレは皇居東御苑内の大手休憩所脇ほかにあり。】
■参考サイト:宮内庁>三の丸尚蔵館