滑河観音
滑河観音は、千葉県成田市にある天台宗の寺院で、坂東三十三観音霊場の第28番札所にあたります。平安時代に小田川の朝日ヶ淵から本尊の十一面観音が引き上げられ、慈覚大師円仁が開山したという伝説があります。境内にある茅葺き屋根の仁王門は室町時代のもので、国の重要文化財に指定されています。他にも江戸時代の本堂や銅造宝篋印塔などの文化財が多く残されています。
旅行先の地図
(この地図の緯度:35.867077, 経度:140.341936)
旅行先の概要
御本尊 | 十一面観音 |
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所在地 | 千葉県成田市滑川1196 |
交通 |
JR成田線「滑河駅」から徒歩約20分 滑川駅から成田市コミュニティバス(しもふさ循環ルート)経由で約3分、「滑川観音前」停留所下車 首都圏中央連絡自動車道「神崎IC」から車で約10分 |
拝観料 | 無料 |
駐車場 | 仁王門前および本堂脇に舗装済みの無料駐車場あり |
URL | 天台宗滑河山龍正院 |
連絡先 | 滑河山龍正院 0476-96-0217 |
歴史・由来
滑河観音は、千葉県成田市にある天台宗の寺院で、正式には「滑河山龍正院」といい、平安時代の承和5年(838)、滑河城主・小田宰相将治が発願、慈覚大師が開基したと伝えられ、坂東三十三観音霊場の第28番札所にもなっています。
『滑河山観世音略縁起』などによれば、滑川城主・小田将治が凶作を案じて法華経を唱え祈願していたところ、粉河寺から来た朝日(けさ)と名乗る女に導かれて小田川に至り、そこで網の代わりに衣を水に浸していた不思議な老僧に出会います。
老僧は水中から十一面観音を掬い取ると将治に与え、この淵に湧く水を舐めよと諭したことから「滑川」という地名が生まれたほか、将治が教えのとおりにして観音を祀ると五穀豊穣を得たといいます。
この朝日ヶ淵(けさがふち:観音堂の西方200メートルほどの水田地帯のなかにある)から掬い上げられた十一面観音は1寸2分(約3.6センチメートル)の大きさで、後に定朝作とされる1丈2尺の観音像の胎内仏として収められ、延命・安産・子育ての守り本尊の「滑河観音」と通称されるようになりました。
滑河観音龍正院の仁王門は、文亀4年(1504)ごろの飛騨工匠の作と伝わる茅葺き、寄棟造りのもので、国の重要文化財として指定されており、内部に安置される仁王像は火防の御利益があるとされています。
また、元禄9年(1696)に5代将軍・徳川綱吉が寄進した本堂と、享保3年(1718)に江戸神田住人・小幡内匠により鋳造された銅造宝篋印塔は千葉県重要文化財(建造物)に、仁王門横にある江戸時代の宝篋印塔群は成田市指定文化財(建造物)になっており、境内には他にも多くの文化財が残されています。
毎年11月18日の縁日は「木まち」と呼ばれ、稚児らを交えた練り供養のほか、境内で植木市が開催されてにぎわいますが、もとは馬の売買をする馬市が立てられたといいます。
車椅子で旅行するポイント
本堂:千葉県指定文化財 手水舎 船越地蔵:観音とともに淵から出現した地蔵尊 子安観音堂 仁王門:国重要文化財 宝篋印塔群:成田市指定文化財 銅造宝篋印塔:千葉県指定文化財 夫婦松・芭蕉句碑:寛政5年銘の句碑に「観音の いらか見やりつ 華の空」とある 鎮守社(天満神社・金刀比羅神社・熊野神社・白山神社・稲荷神社) 寺務所 成田市滑河運動施設:旧滑河小学校 墓地 朝日ヶ淵:常陸・下総の国境で観音出現の地。朝日淵観音応現碑がある。 |
移動のしやすさ
★★★★☆
バリアフリーの状況
滑河観音正面から境内に入る場合、参道に車止めと段差の箇所がある。県道から直接車両で乗り入れができる舗装された駐車場も本堂脇にあり、こちらから入れば間近に建物が見られる。境内の参道部分は石畳だが、あとは地面がむき出しになっている。身障者トイレは境内東端にあるが、いったん正面道路に迂回して、成田市滑川運動施設のほうから入る必要がある。
周辺の名所・観光スポット
成田ゆめ牧場
成田ゆめ牧場は、利根川南岸の田園地帯にある、約9万坪の広大な面積をもつ観光牧場。観光牧場としての開設は昭和62年(1987)だが、明治20年(1887)から搾乳牧場として操業してきた歴史があるため、自家製の乳製品にこだわりがある。牧場内では農業体験、自家製品作りなどが可能なほか、カフェ・レストラン、スポーツ、釣り堀、小動物などのコーナーがある。また、オートキャンプ場を併設している。
【身障者用駐車場・トイレ・スロープ・車椅子貸出あり。身障者手帳提示で入場料半額、駐車場および付添人1人無料。車椅子でレストラン利用可】
■参考リンク:成田ゆめ牧場