書写山圓教寺
圓教寺は、兵庫県姫路市の書写山に性空上人が開いた天台宗の寺院で、「西の比叡山」ともよばれます。花山法皇の行幸があったほか、武蔵坊弁慶もこの山で修行したと伝えられます。西国三十三霊場の27番札所でもあり、山上までロープウェイが延び、現在も多くの人が訪れます。
旅行先について
地図
※書写山圓教寺は山上にあり、表参道はすべて坂又は階段のため、マイクロバスへの移乗ができることが条件です。摩尼殿以降は未舗装の急坂のため移動はさらに難しくなります。詳しくは写真の解説文を参照してください。なお、兵庫県立大学書写キャンパス・日吉神社方面から山上の妙光院付近に至る、舗装済みの西坂参道もないわけではありませんが、通常は関係車両以外の通行が禁止されています。
旅行先の概要
御本尊 | 如意輪観音 |
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所在地 | 兵庫県姫路市書写2968 |
交通 |
【書写山ロープウェイ「山麓駅」まで】 JR・山陽電鉄「姫路駅」(北口)から神姫バス(8番系統・書写駅行き)経由で約25分、「書写駅」停留所下車 山陽自動車道「山陽姫路西IC」から車で約10分 【「山麓駅」以降、書写山圓教寺境内】 |
拝観料 | 入山料500円、バス利用料500円(バス利用者は入山料込みで1,000円) |
駐車場 | 書写山ロープウェイ「山麓駅」に舗装済の無料駐車場(収容台数:277台)あり、身障者用区画(3台)あり |
URL | 書寫山圓教寺 |
連絡先 | 書写山圓教寺 079-266-3327 |
歴史・由来
圓教寺は、兵庫県姫路市の北方にある書写山の山上に開かれた天台宗の別格本山で、「西の比叡山」ともよばれます。
平安時代の康保3年(966)、名門・橘氏の出身で慈恵大師良源に師事した性空上人が文殊菩薩の霊告により六根清浄の悟りを開き、ここに草庵を結んだのがはじまりで、のち国司・藤原季孝の帰依を受けて法華三昧堂が建立され、寺勢は大いに栄えたといいます。
性空上人のもとには法華経の持経者などさまざまな民間の宗教者が集まり、『法華験記』や『今昔物語集』には、上人が断食行の最中に経巻の中から米を出すなどの奇瑞を示したことが書かれています。
性空上人の令名は都にもとどろき、長保4年(1002)には花山法皇の行幸を受け、その寄進により講堂が建てられたほか、藤原実資、恵心僧都源信、慶滋保胤ら高名な公卿や出家者も来山したといいます。また、武蔵坊弁慶は一時書写山で修行したとされ、食堂(じきどう)の宝物館には「弁慶の机」などゆかりの品が残されています。
書写坂圓教寺は性空上人の没後も平清盛による納経や源頼朝の戦勝祈願があるなど広く信仰されており、時宗の開祖・一遍も没する直前に書写山の僧に聖教を預けるなどしています。
なお、性空上人の遺骨は瑠璃壺に納められ、長らく圓教寺の開山堂に安置された性空上人坐像の頭部(眉間)に埋められていましたが、近年X線撮影による学術調査でその事実が判明しています。
中世の最盛期には千人の僧がいたというこの圓教寺の堂宇は、火災などにより幾度か滅失していますが、「三之堂」(みつのどう)とよばれる食堂、大講堂、常行三昧堂の3つは再建された室町時代から現在まで残っており、国の重要文化財に指定されています。
江戸時代には歴代姫路藩主の保護を受け、境内には本多家、榊原家、松平家の廟所がそれぞれ設けられたほか、西国三十三箇所の第27番札所として多くの庶民が参詣しました。
現在では山上までロープウェイが延び、境内の「摩尼殿」下まではマイクロバスで行くことも可能で、宿坊「圓教寺会館」での座禅・写経体験や塔頭「壽量院」の精進料理などもあることから、昔と変わらず多くの人々がこの山を訪れています。
車椅子で旅行するポイント
※書写山圓教寺は山上にあり、参道はすべて坂又は階段のため、マイクロバスへの移乗ができることが条件です。摩尼殿以降は未舗装の急坂のため移動はさらに難しくなります。
周辺の名所・観光スポット
姫路市書写の里・美術工芸館
姫路市出身の東大寺管長・清水公照師の美術作品や姫路の伝統工芸品、全国の郷土玩具等を幅広く展示する。姫路はりこ、姫路こま、姫山人形の職人による製作実演もある。
【身障者用トイレ、スロープ、駐車場、階段昇降機・エレベーター、車椅子貸出あり。障害者手帳所持者と介助者1名無料。】
■参考リンク:姫路市書写の里・美術工芸館
姫路城
姫路市街にある江戸時代初期の平山城で、「白鷺城」とよばれる美しい形容と、連立式天守をはじめとする独特の建築構造がよく保存され、国宝に指定されているほか、ユネスコの世界文化遺産にも登録されている。
【身障者用トイレ、駐車場、車椅子貸出あり】
■参考リンク:姫路城大図鑑