斎宮跡
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斎宮跡は、三重県多気郡明和町にある、かつての斎王の御所とその役所である斎宮寮の遺跡です。斎王は伊勢神宮の祭祀を行うために都から代々遣わされてきた女性皇族で、崇神天皇の時代に起源があるとされています。斎宮跡は国史跡に指定され、掘立柱建物などが復元されているほか、周辺には「斎宮歴史博物館」などが整備されています。
旅行先の地図
旅行先の概要
種類 | 国史跡 |
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所在地 | 三重県多気郡明和町大字斎宮 |
交通 |
近鉄山田線「斎宮駅」から徒歩すぐ 伊勢自動車道「玉城IC」から車で約15分 |
観覧料 | なし |
駐車場 | 砕石敷の無料駐車場あり |
URL | 明和町>斎宮跡 |
連絡先 |
神宮司庁 0596-24-1111 明和町役場斎宮跡・文化観光課 0596-52-7126 いつきのみや歴史体験館 0596-52-3890 斎宮歴史博物館 0596-52-3800 明和町観光協会 0596-52-0055 |
歴史・由来
斎宮跡は、三重県多気郡明和町にある、かつての斎王の御所とその役所である斎宮寮の遺跡です。
斎王は伊勢神宮の祭祀を行うために都から代々遣わされてきた未婚の内親王や女王で、崇神天皇の時代、天照大神と倭大國魂の2柱の神をともに宮中に祀っていたところ、その神威をおそれ、豊鍬入姫命に命じて大和国・笠縫邑に移して祀らせたのがはじまりとされています。
次の垂仁天皇の時代になると、豊鍬入姫命の姪にあたる倭姫命が、天照大神を祀るのにふさわしい場所を求めて各地を巡行し、ようやく伊勢国に鎮まったことから、これが伊勢神宮のはじまりであるとともに、斎王の御所が伊勢近郊に生まれたはじまりでもあるとされています。
実際に斎王が天皇の代替わりごとに伊勢に遣わされるのが定例になったのは、壬申の乱に勝利した天武天皇が大来皇女を下向させて以来のこととされ、途中、戦乱などによる中断をはさみつつも1400年続いた斎王の制度は、後醍醐天皇の皇女・祥子内親王を最後に完全に途絶することになります。
現在、国史跡として指定されている斎宮跡は、長らく「幻の宮」とされていたものの、昭和40年代の宅地開発にともなう発掘調査によって、「斎王の森」を中心とした南北約800メートル、東西約2キロメートル、全体面積約160ヘクタールにわたる広大な範囲内に、碁盤の目状の区画(方格地割)や多数の掘立柱建物、井戸、大溝などの跡があることが確認されたほか、緑釉陶器や人面墨書土器、「いろは歌」を書いた土器などが出土しました。
そのため、一帯は史跡公園などとして整備されており、特に斎宮寮の中心があったとみられる「柳原区画」と呼ばれている場所には、「さいくう平安の杜」として、正殿、東脇殿、西脇殿の建物が復元されています。
また、「斎王の森」区画には、掘立柱建物や井戸の跡が表示されているほか、鳥居の奥に明治天皇皇女の北白川房子神宮祭主(北白川宮成久王妃房子内親王、戦後に皇籍離脱)の染筆になる「斎王宮阯」の顕彰碑が建てられています。
さらに、斎宮跡周辺には「斎宮歴史博物館」、「いつきのみや歴史体験館」などの展示・体験施設も整備されています。
車椅子で旅行するポイント
移動のしやすさ
★★★★☆
バリアフリーの状況
斎宮跡の周囲には「いつきのみや歴史体験館」、「国史跡斎宮跡休憩所」などのスロープ、身障者用トイレがある施設が整備されているため、特に移動に不都合はない。ただし、「斎王の森」あたりの遊歩道は玉砂利になっているため、場所によっては移動がしにくい部分もあるほか、現状では古代の建物は何も残っておらず、もっぱら復元建物だけになってしまっているのが惜しいところか。
周辺の名所・観光スポット
いつきのみや歴史体験館
「さいくう平安の杜」や「斎王の森」至近に場所に建つ、平安時代の生活が体験できる施設。十二単や直衣などの平安装束を試着(要予約)したり、蹴鞠や盤双六などで遊んだり、草木染めや土器づくりをしたりといった、多彩なメニューが用意されている。【身障者用トイレ・身障者用駐車場・スロープあり】
■参考リンク:いつきのみや歴史体験館
斎宮歴史博物館
斎宮の歴史を紹介する県立博物館で、卜定(占い)によって選ばれた斎王が途中で潔斎をしながら伊勢に下向する「群行」のようすなどを映像や模型で説明しているほか、斎宮跡から出土した各種の出土品を常設展示している。【身障者用トイレ・身障者用駐車場・スロープあり、障害者手帳提示で無料】
■参考リンク:斎宮歴史博物館