玉津島神社は、和歌山県和歌山市の神社です。風光明媚で知られる国史跡・名勝の和歌浦に鎮座し、古くから和歌の神として崇敬されてきました。本殿は慶長11年(1606)に和歌山藩主・浅野幸長が再建した春日造りのもので、何度かの改修を経て、和歌山市指定文化財となっています。
旅行先について
地図
旅行先の概要
| 御祭神 | 稚日女尊(わかひるめのみこと)、息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと:神功皇后)、衣通姫尊(そとおりひめのみこと)、明光浦霊(あかのうらのみたま) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県和歌山市和歌浦中3丁目4-26 |
| 交通 |
阪和自動車道「海南IC」から車で20分 JR紀勢本線・阪和線・和歌山線・和歌山電鉄貴志川線「和歌山駅」から和歌山バス(和歌山市内線)乗車25分、「玉津島神社前」停留所下車 |
| 拝観料 | 無料 |
| 駐車場 | 東鳥居・南大鳥居の脇にそれぞれアスファルト舗装済の無料駐車場あり【身障者用区画各1台分あり】 |
| URL | https://tamatsushimajinja.jp/ |
| 連絡先 | 玉津島神社 073-444-0472 |
歴史・由来
玉津島神社は、和歌山県和歌山市の神社で、歌枕として多くの和歌に詠まれた風光明媚の地であり、国史跡・名勝にも指定される和歌浦に鎮座しています。
社伝によれば、「いと上つ世より鎮まり坐(ませ)る神」として稚日女尊があったところ、神功皇后の新羅征伐の際に霊異を示したことから、報賽としてその分霊が紀伊国伊都郡(今の和歌山県伊都郡かつらぎ町)の藤代峯にも祀られるようになったといい、この由緒から後に神功皇后が合祀されたとみられます。
また、藤代峯から同郡天野に遷座した神社が今の丹生都比売神社であり、室町時代の応永(1394~1428)のころまでは同社の神輿が玉津島神社まで巡幸する「浜降り神事」があったものの、戦乱の世の中になり廃絶したということです。
さらに、六国史のひとつである『続日本紀』によれば、神亀元年(724)に聖武天皇が和歌浦に行幸してこの地の景観に感動し、玉津島之神と明光浦之霊を奠祭するよう詔を出しています。行幸に随行した山部赤人も、「若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴(たづ)鳴き渡る」という歌を詠み、これは『万葉集』巻六にあります。
平安時代の仁和2年(886)には、光孝天皇御悩(病気)の際、夢に赤い袴を着けた姿の衣通姫が現れ、「立かへり 又もこの世に 跡たれん その名うれしき 和歌のうら波」と詠んだことから、天皇が勅使を遣わして衣通姫を合祀しました。これより玉津島神社は和歌の神として崇敬され、後に住吉神、柿本人麻呂とあわせて「和歌三神」とよばれるようになりました。
江戸時代の慶長11年(1606)には、和歌山藩主・浅野幸長が社殿を再建し、あわせて社領30石を寄進しています。春日造りの本殿は、このとき再建されて以後、何度かの改修を経たもので、和歌山市指定文化財となっています。
車椅子で旅行するポイント
| 【玉津島神社】本殿 奠供山 拝殿 奠供山碑 手水舎 トイレ 社務所 歌枕展望広場 根上がり松 小野小町袖掛けの塀 大鳥居 金髙稲荷社 南大鳥居 東鳥居 【鹽竈神社】輿の窟 【和歌の浦あしべ庵】離れ棟 母屋棟 鏡山 玉津島神社前バス停 芭蕉句碑 市町川 不老橋 あしべ橋 三断橋 妹背山 和歌山県道151号新和歌浦線 |
移動のしやすさ
★★★★☆
バリアフリーの状況
玉津島神社は境内に舗装された駐車場があり、南大鳥居のわきには多機能トイレも設置されている。境内の参道部分は自然石の石畳で凹凸があるものの、車椅子で拝殿前まで移動することは可能である。拝殿は周囲より1段高いが、拝殿正面だけは段差が緩和されている。なお、奠供山や鏡山は階段があるため登ることはできない。
周辺の名所・観光スポット
和歌山城
「和歌山城」は、豊臣秀吉の命で藤堂高虎が普請奉行として築城した平山城で、のち御三家の一つである紀州徳川家の居城となった。「虎伏城」の異名をもち、見事な石垣の上に連立式天守が復元されており、上層からは紀ノ川の流れが見渡せる。城内には歴史展示室や動物園などもある。
【身障者専用駐車場、多目的トイレあり。天守閣広場方面は石段あり通常は車椅子不可だが、部分的にスロープが設置されており、表坂登り口から天守閣前広場まで「おもてなし忍者」の車椅子登城サポートが受けられる。できるだけ7日前までに予約のこと。】
■参考リンク:https://wakayamajo.jp/
全国御朱印大事典




