苗村神社
苗村神社(なむらじんじゃ)は、滋賀県蒲生郡竜王町の神社で、鎌倉時代の西本殿が国宝に指定されています。式内社として古くからの歴史をもち、門松用の苗を朝廷に献上していたことから「苗村」の称号を賜ったといい、戦国時代には正一位の神階を受けています。宮座の組織が残っており、毎年の例祭には宮座から神馬が出されます。
旅行先の地図
旅行先の概要
御祭神 |
【主祭神】那牟羅彦神(なむらひこのかみ)、那牟羅姫神(なむらひめのかみ)、国狭槌尊 【配祀神】大国主神、事代主神、素盞鳴尊 |
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所在地 | 滋賀県蒲生郡竜王町綾戸467 |
交通 |
近江八幡駅(北口)から近江鉄道バス(アウトレットパーク行き)経由で約15分、「綾戸北」停留所下車、徒歩約10分 名神高速道路「竜王IC」または「蒲生スマートIC」から車で約10分 |
拝観料 | 無料 |
駐車場 | 神社境内前に砕石敷の無料駐車場あり |
URL | 苗村神社 |
連絡先 |
苗村神社 0748-57-0160 |
歴史・由来
苗村神社(なむらじんじゃ)は、滋賀県蒲生郡竜王町の神社で、西本殿が国宝に指定されているほか、他にも楼門や東本殿などが重要文化財に指定されています。
苗村神社が創祀された年代は明らかではありませんが、平安時代の『延喜式』神名帳に書かれている近江国蒲生郡の「長寸神社」(なむらじんじゃ)であろうとされています。
苗村神社の東本殿の鎮守の森には、東苗村古墳群として8基の円墳が確認されているほか、東西の両本殿をとりかこむ一帯は綾戸遺跡として、祭祀に使われたミニチュア土器や農耕のための木製品、竪穴住居跡などが発掘されており、神社の創祀以前からの生活や信仰の拠点であったことがうかがわれます。
『日本書紀』に新羅からの渡来神である天日槍神が「近江国吾名邑」(あなむら)にしばらく住んでいたとあるのがこの場所(他に大津市穴太など諸説あり)であり、これが転じて「那牟羅」(なむら)となり、さらに同音の文字の「長寸神社」(なむらじんじゃ)を称していたところ、朝廷に門松のための松苗を恒例で献上したことがきっかけで後一条天皇から「苗村」という称号を賜ったとされています。
また、境内は西本殿と東本殿とにわかれていますが、西本殿のほうは、安和2年(969)に大和国の金峰山の国狭槌尊の神霊を祀ったものとされていて、現在の桧皮葺、三間社流造りの社殿は棟札から鎌倉時代の徳治3年(1308)に再建されたことが判明しており、国宝として指定されています。
さらに、戦国時代の天文5年(1536)、後奈良天皇から「正一位」の神階および勅額を受け、織田信長からも鞍や太刀の寄進があるなど、崇敬を集めていたことが知られます。
この苗村神社には、宮座の組織が残っており、毎年の例祭である「苗村祭」には、神輿とともに宮座から神馬が出されるほか、その昔は氏子33か村によって行われていたものを慶長年間に33年に一度に改めたとされる「式年大祭」があります。
車椅子で旅行するポイント
移動のしやすさ
★★★☆☆
バリアフリーの状況
西本殿方面は、途中の楼門に段差があり、境内も玉砂利が敷かれているが、基本的には平坦な地形なので介助があれば車椅子で行けないこともない。東本殿のほうは、玉砂利の層が厚く、普通の車椅子では車輪が沈み込んで動かなくなってしまうおそれがあるので、状況を確認してからにすべき。身障者用トイレは境内にはないが、県道綾戸交差点から入った竜王町立図書館内にある。
周辺の名所・観光スポット
滋賀県立安土城考古博物館
滋賀県内の弥生時代の農耕集落である湖南遺跡、県下最大にして最古の古墳である瓢箪山古墳を中心とした古代の当地の姿を紹介するとともに、佐々木六角氏が拠り所とした中世城郭の観音寺城跡、織田信長が天下布武の拠点として築いた安土城跡などといった、中世の安土に関連した資料を展示する博物館。
【博物館内はユニバーサルデザイン仕様。多目的トイレ、身障者用駐車スペース、車椅子貸出あり。身障者入場無料。ただし、「安土城跡」そのものは山麓に多目的トイレや休憩所はあるが、天守までは全面的に石段のため登城困難。】
■参考リンク:滋賀県立安土城考古博物館