丹波安国寺

丹波安国寺

2020年1月22日寺院

安国寺は、京都府綾部市にある臨済宗の寺院です。正暦4年(993)に建立された光福寺がはじまりで、この地にあった上杉荘を領する上杉氏の菩提寺となりました。その後、南北朝動乱の戦死者を弔うため、足利尊氏が諸国に安国寺・利生塔を建てる構想を抱いたことから、この寺院は丹波国の安国寺に充てられて現在に至ります。本尊の釈迦三尊坐像はじめ国重要文化財を多く保有するほか、秋の紅葉が見どころの一つで、全国から多くの観光客が訪れます。

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旅行先について

地図

旅行先の概要

御本尊 釈迦三尊坐像
所在地 京都府綾部市安国寺町寺ノ段1
交通 JR山陰本線「綾部駅」(南口)からあやバス(黒谷線)経由で約17分、「安国寺前」停留所下車、徒歩約2分
京都縦貫自動車道「綾部安国寺IC」から車で約2分
拝観料 境内無料(内部拝観のみ志納金300円)
駐車場 境内に砕石を敷いた無料駐車場あり
URL
連絡先 安国寺 0773-44-1565

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歴史・由来

安国寺は、京都府綾部市にある臨済宗の寺院で、平安時代の正暦4年(993)、恵心僧都作の地蔵菩薩を本尊として建立された光福寺がはじまりとされています。

建長4年(1252)、将軍となった宗尊親王に従い鎌倉に下向した勧修寺重房は、丹波国何鹿(いかるが)郡に上杉荘を与えられ、以後「上杉氏」を称しますが、その縁から上杉荘にあった光福寺が上杉氏の菩提寺となります。

後に上杉重房の孫娘にあたる上杉清子は足利貞氏に嫁して足利尊氏を産みますが、尊氏生誕の地は実は光福寺門前にあった上杉屋敷で、後に光福寺に寄進され塔頭の一つになった常光寺(大正時代に廃寺)とも伝えられ、現在も「足利尊氏産湯の井戸」や「上杉清子の墓」が境内外に残ります。

暦応元年/延元3年(1338)、足利尊氏は夢窓疎石のすすめにより、南北朝動乱の戦没者を弔うために諸国に安国寺・利生塔を建てることを発願しますが、その際に光福寺は丹波国の安国寺に充てられ、諸国安国寺の筆頭に置かれました。

康永元年/興国3年(1342)、足利尊氏は南禅寺から天庵妙受禅師を招いて安国寺の始祖とし、多くの寺領を寄進したといい、以後丹波有数の大寺として栄えました。

現在も本尊の釈迦三尊坐像はじめ国重要文化財を多く保有するほか、秋の紅葉が見どころの一つで、全国各地から多くの観光客が訪れます。

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車椅子で旅行するポイント

丹波安国寺_1.jpg 【1】安国寺の山門に続く参道は石段だが、右手の舗装道から境内に自動車で直接進入できる。
丹波安国寺_2.jpg 【2】舗装道の坂を登ると右手に砕石が敷かれた駐車場がある。さらにこの駐車場の土手の上に開山堂と宝篋印塔。
丹波安国寺_3.jpg 【3】駐車場向かいの玉砂利が敷かれた参道を歩くと鐘楼や山門の脇に出る。
丹波安国寺_4.jpg 【4】安国寺の仏殿付近。周囲は玉砂利で、正面参道のみ石畳が敷かれている。仏殿の上り口は6段の石段がある。


丹波安国寺境内図

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境内配置図 [凡例]
仏殿 方丈 庫裡 鐘楼 山門 墓地 開山堂 宝篋印塔:南北朝時代のもの3基。左から上杉清子(尊氏生母)・足利尊氏・赤橋登子(尊氏正妻)と伝わる。 トイレ 足利尊氏公産湯之井 安国寺公民館 安国寺バス停 JR舞鶴線 京都府道74号舞鶴綾部福知山線 国道27号 国道478号 安国寺ロードパーク 綾部安国寺インターチェンジ

移動のしやすさ

★★★★☆

バリアフリーの状況

丹波安国寺は京都縦貫自動車道のインターチェンジから踏切を渡って車ですぐの場所にある。山門に至る参道は石段だが、その脇に車道の坂道があり、境内の駐車場まで乗り入れることができる。駐車場とこの道路を挟んでちょうど反対側に仏殿や庫裡が並んでいて、さらに道路は奥にある墓地までつながっている。境内はほぼ玉砂利が敷かれているが大きな段差はない。インターチェンジ出口脇に安国寺ロードパークがあり、多目的トイレを併設している。

周辺の名所・観光スポット

あやべグンゼスクエア

「あやべグンゼスクエア」は、下着を中心とした繊維メーカーのグンゼが、創業の地である綾部市にオープンさせた複合施設。「あやべ特産館」「グンゼ博物苑」「綾部バラ園」の各施設からなる。「グンゼ博物苑」は、グンゼ創立100周年を記念し、大正時代の繭蔵を改造してつくった博物館で、会社やわが国繊維産業の歩みをパネルや模型・映像などで紹介している。「綾部バラ園」は、120種1,200本のバラが植栽された植物園、「あやべ特産館」は、地元野菜や加工食品、黒谷和紙などの工芸品ほか地元産品を展示販売する施設となっている。
【身障者用駐車場・トイレ・スロープ・点字ブロックあり】

■参考リンク:グンゼ博物苑

このページの執筆者
@tabisora110