大神山神社本社

大神山神社本社 神社
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大神山神社本社は、鳥取県米子市にある式内社で、伯耆国二宮です。古くから大山に鎮まる神社であったところ、冬場の積雪で祭祀が困難なため、山麓に冬宮が設けられたのが起源といわれます。大山中腹にもかつて夏宮とよばれた奥宮が別にあります。広大な境内にはアジサイが植栽され、初夏に見頃を迎えます。

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旅行先について

地図

旅行先の概要

御祭神 大穴牟遅神
所在地 鳥取県米子市尾高1025番地
交通 山陰自動車道「米子東IC」から車で3分
JR山陰本線「米子駅」から日交バス(観光道路経由本宮・大山線)乗車25分、「尾高」停留所下車、徒歩5分
拝観料 無料
駐車場 境内に未舗装の無料駐車場あり
URL
連絡先 大神山神社 0859-27-2345

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歴史・由来

大神山神社本社は、鳥取県米子市にある式内社で、伯耆国の二宮です。大山の中腹には、自然石を敷き詰めた7百メートルにわたる参道と国内最大の権現造りという国重要文化財の社殿をもつ奥宮も鎮座しています。

この神社は大穴牟遅神(大己貴命)を主祭神とし、古くから大山に鎮座していたといわれ、承和4年(837)に従五位下に叙せられたと『続日本後記』にあるのをはじめ、しばしば六国史に神階授与の記事がみられます。

標高の高い大山では冬場は積雪のため祭祀を行うのが難しいことから、やがて山麓に冬宮を建てて冬場の祭祀を行うようになり、これに対して山上の神社を夏宮とよぶようになりました。神仏習合の時代には、地蔵菩薩を本地仏とする大智明権現社が今の奥宮の地に置かれ、大山寺と一体のものとして信仰されてきました。

一方の冬宮はその後幾度か場所を変え、承応2年(1653)に現在地に落ち着きましたが、明治4年(1871)には神仏分離令により大神山神社の本社として国幣小社に列せられ、次いで明治8年(1875)には大山中腹の大智明権現社が神社に帰属して奥宮となっています。

大神山神社本社には広大な神苑があり、毎年5月下旬から6月いっぱいまで、およそ2千株のアジサイが見頃を迎えます。

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車椅子で旅行するポイント

大神山神社本社_1.jpg 【1】大神山神社本社の入口は平坦でコンクリート舗装の参道が境内に続いている。
大神山神社本社_2.jpg 【2】境内東側、公園脇の舗装道路を入ると、奥にある未舗装の駐車場に車両を駐車することができる。
大神山神社本社_3.jpg 【3】舗装道路の途中に別の境内入口となる未舗装道がある。なお、祈祷車はこの道を通って社務所前まで進入可。
大神山神社本社_4.jpg 【4】未舗装道は途中で分岐し、右手の道は橋を渡って表参道に合流、左手の道は社務所前に出る。
大神山神社本社_5.jpg 【5】大神山神社境内。参道はコンクリート舗装され、他も平坦で薄く玉砂利が敷かれている。神門にも大きな段差はない。
大神山神社本社_6.jpg 【6】大神山神社の拝殿付近。石畳の参道が賽銭箱前まで延びている。裏手に回ると本殿や末社がある。



大神山神社本社境内図

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境内配置図 [凡例]
鳥居 神苑 公園 手水舎 社務所 神門 拝殿 本殿 仮殿 大山奥宮下山神社遙拝所 龍神社 朝宮神社

移動のしやすさ

★★★★☆

バリアフリーの状況

大神山神社本社の境内には大きな段差はなく、参道はコンクリートで舗装され、その他の部分も薄く玉砂利が敷かれる程度で平坦である。駐車場は未舗装のものが境内東側にある。また、境内より1キロメートル東、県道53号線沿いのローソン米子尾高店に身障者用駐車区画と身障者用トイレが設置されている。

周辺の名所・観光スポット

妻木晩田(むきばんだ)遺跡

妻木晩田遺跡」は、鳥取県西伯郡大山町と米子市にまたがる丘陵上にある弥生時代の環壕集落跡です。およそ152ヘクタールの広大なエリアが国史跡に指定されています。現在は「むきばんだ史跡公園」として整備が図られ、ガイダンス施設「弥生の館むきばんだ」や「遺構展示館」が開設されているほか、竪穴式住居跡や四隅突出型(よすみとっしゅつがた)墳丘墓などを実際に見ることができます。
【見学路(舗装済)・身障者用駐車区画・多目的トイレ・点字ブロック・車椅子及びシルバーカー貸出あり】
■参考リンク:https://www.mukibanda.jp/

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