浅草寺

浅草寺

2013年9月23日寺院

浅草寺(せんそうじ)は、東京都台東区の寺院で、飛鳥時代に漁労の網にかかった観音像を地元民が祀り、次いで勝海上人が観音堂を建立、慈覚大師円仁が前立本尊を謹刻したと伝えています。雷門から宝蔵門まで仲見世が並び、初夏にはほおずき市が開催されるなど華やかな印象があります。

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旅行先について

地図

旅行先の概要

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御本尊 聖観音菩薩(秘仏)
所在地 東京都台東区浅草2丁目3-1
交通 東京メトロ銀座線・都営地下鉄浅草線・東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)「浅草駅」から徒歩約5分
つくばエクスプレス「浅草駅」から徒歩約10分
首都高速道路6号向島線「駒形出入口」から車で約10分
拝観料 無料
駐車場 一般参拝者は雷門前の「台東区雷門地下駐車場」【身障者区画あり】ほか周辺駐車場を利用。本堂裏、東側の駐車区画は許可車両のみで守衛巡回あり。
URL
連絡先 金龍山浅草寺 03-3842-0181

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歴史・由来

浅草寺(せんそうじ)は、東京都台東区の寺院で、坂東三十三箇所観音霊場の13番札所でもあります。

『浅草寺縁起』によれば、推古天皇36年(628)、檜前浜成・武成兄弟が宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていたところ、網に人型の像がかかり、これを土師真中知に相談したところ観音像であることがわかったため、尊像を奉安したところ願いのごとく大漁を得たといいます。

この土師真中知が出家して自宅を寺としたものが浅草寺の始まりで、その後大化元年(645)、勝海上人が観音の夢告により本尊を秘仏と定め、この地に観音堂を建立して開基となり、次いで天安元年(857)、慈覚大師円仁がが来寺して前立本尊を謹刻し、この寺の中興開山となったとされています。

鎌倉時代には武蔵国の大寺として浅草寺の名はつとに知られていたとみえ、『吾妻鑑』には建長3年(1251)に「牛の如き者」が出現し目撃した僧侶多数が病気になったという怪異談を伝え、後深草院二条の『とはずがたり』にも霊験ある仏として正応3年(1290)の浅草寺参詣の様子が記されています。

天正18年(1590)、徳川家康は天海僧正の進言により浅草寺を祈願所とし、寺領五百石を寄進し、3代将軍徳川家光は慶安元年(1648)に五重塔を、翌年に本堂を再建するなどしています。

江戸前期には浅草寺の表参道に現在の「仲見世」に連なる店舗が生まれ、明治以降は「浅草六区」をはじめとする界隈に常設の演芸場なども開設されるなど、庶民の娯楽の中心として賑わうようになります。

また、毎年7月10日は参拝すると4万6千日分の御利益がある功徳日とされ、その前日・当日には古くは薬草として知られたホオズキを売る「ほおずき市」が盛大に開催され、多くの人出があります。

なお、現在ある諸堂のほとんどは第二次世界大戦の際に空襲で焼失し戦後再建されたもので、わずかに本堂東側に位置する元和4年(1618)建築の重要文化財「二天門」などが残るのみです。表参道入口にあり浅草寺の総門とされる「雷門」も、昭和35年(1960)に松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助が寄進したものです。

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車椅子で旅行するポイント

浅草寺【1】仲見世の先に宝蔵門。参道は石畳で平坦。境内その他の場所もほぼ舗装されている。
浅草寺【2】宝蔵門直下は 段差なく平坦。車椅子用エレベーターの案内看板あり。
浅草寺【3】浅草寺本堂。正面は階段だが左側にエレベーターあり。
浅草寺【3-1】本堂左側エレベーター。開放されていて自分で操作可。
浅草寺【4】エレベーターの先のスロープで本堂内まで移動可。床面は平坦。
浅草寺【5】本堂裏に駐車場所あるも許可車のみで守衛巡視。一般は雷門前の公共駐車場へ。さらに奥にトイレ棟。
浅草寺【5-1】多目的トイレ内部。手すり、乳児用ベッドあり。


浅草寺境内図

周辺の名所・観光スポット

東京スカイツリー

東京タワーに代わって平成24年(2012)に開業した全高634メートルの電波塔で、上層には「天望デッキ」があるほか、一帯は飲食・物販店舗が集まる「東京ソラマチ」をはじめとする「東京スカイツリータウン」として整備されている。【身障者用トイレ・スロープ・駐車場・車椅子貸出あり。「天望デッキ」は障害者割引あり、チケット事前購入の場合は障害者手帳提示で差額返還】

■参考リンク:TOKYO SKYTREE

このページの執筆者
@tabisora110