若一王子神社

若一王子神社

2023年8月14日神社

若一王子神社は、長野県大町市にある神社で、若一王子ほかを祀ります。鎌倉時代、安曇郡の領主であった仁科盛遠が紀伊熊野から若一王子を勧請し、仁科荘の鎮守としたものであり、境内には観音堂や三重塔が残り、神仏習合時代のおもかげをよく伝えています。この神社では全国的のも珍しい子ども流鏑馬が奉納されていることでも有名です。

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旅行先について

地図

旅行先の概要

御祭神 若一王子、天照大神、伊弉冉尊、仁品王、妹耶姫
所在地 長野県大町市大字大町2097
交通 JR大糸線「北大町駅」から徒歩約10分
長野自動車道「安曇野IC」から車で約30分
拝観料 無料
駐車場 境内に至る参道沿いに舗装済みの無料駐車場あり
URL
連絡先 若一王子神社 0261-22-1626

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歴史・由来

若一王子神社は、長野県大町市にある神社で、若一王子・天照大神・伊弉冉尊・仁品王・妹耶姫を祀ります。

垂仁天皇の時代、この地を治めた仁品王が伊弉冉尊を祀る社を建てたのが起源とされ、後に仁品王が薨じると、その妃である妹耶姫とともに合祀されたと伝えられています。

鎌倉時代の承久2年(1220)、安曇野の領主であった仁科盛遠は、熊野坐神社から天照大神と同一視される若一王子を勧請して仁科庄の鎮守とし、以来、明治維新前までは「若一王子権現」と称されてきました。仁科氏が伊勢神宮内宮から天照大神を勧請した「仁科神明宮」とは表裏の関係にあるといわれます。

現在の本殿は、戦国時代の弘治2年(1556)に仁科盛康によって造営され、江戸時代の承応3年(1654)に宮大工の金原周防守定兼によって修造されたもので、国重要文化財に指定されています。

また、境内には宝永3年(1706)の観音堂、同8年(1711)の三重塔が残り、神仏習合時代のおもかげをよく伝えています。茅葺きの観音堂は若一王子の本地仏である十一面観音を祀り、宮殿とあわせ長野県宝に指定されています。こけら葺きの三重塔は弾誓寺六世・木食故信法阿の発願といい、第1層の蟇股(かえるまた)に獣面人身の十二支彫刻が施されたもので、同じく長野県宝です。

この神社では毎年7月の第4日曜日、全国的にも珍しい子ども流鏑馬が奉納されていることでも有名で、仁科盛遠が承久の乱に際して神前に流鏑馬を奉納し武運を祈ったことがはじまりとされます。

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車椅子で旅行するポイント

若一王子神社_1.jpg 【1】県道から若一王子神社に向かう参道沿いには舗装された駐車場がある。
若一王子神社_2.jpg 【2】境内に入ると目の前に三重塔がそびえ、足元は薄く玉砂利が敷かれている。
若一王子神社_3.jpg 【3】境内奥にはトイレ棟があり、身障者トイレを併設する。
若一王子神社_4.jpg 【4】身障者トイレ内部(オストメイト可)
若一王子神社_5.jpg 【5】若一王子神社の拝殿前。参道部分は石畳が続き、玉砂利敷きの周囲も平坦である。


若一王子神社境内図

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境内配置図 [凡例]
本殿 拝殿 観音堂 三重塔 参集殿 八坂神社 大町護国神社 手水舎 両部鳥居 県道31号線

移動のしやすさ

★★★★☆

バリアフリーの状況

若一王子神社の境内には薄く玉砂利が敷かれ、両部鳥居から拝殿前までの参道部分は石畳となっている。基本的に平坦地にあるので移動は容易で、境内奥には身障者トイレもある。

周辺の名所・観光スポット

立山・黒部アルペンルート

富山県立山町から長野県大町市を結ぶ山岳観光ルートで、両端にそれぞれ富山地方鉄道「立山駅」、関電トンネルトロリーバス「扇沢駅」がある。ケーブルカー、トロリーバス、ロープウェイなどの多様な交通機関を乗り継ぎ、映画『黒部の太陽』の舞台となった「黒部ダム」の勇姿や雄山神社峰本社のある信仰の山・立山連峰の美しい風景を見渡すことができる。【身障者トイレ・車椅子貸出・室堂ターミナル周辺の遊歩道「バリアフリーコース」あり。身障手帳・療育手帳提示で本人及び介護者1名まで半額。】
■参考リンク:立山黒部アルペンルートオフィシャルガイド

このページの執筆者
@tabisora110